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適応障害になったきっかけや経緯

こんにちは。ゆかです。

今日は適応障害になったきっかけを少しお話したいと思います。

たぶんこのブログに来て下さっている方は適応障害について知識をお持ちであろうことなので適応障害とは○○で・・・というのは省きます。

私自身、2013年10月に某外資系へ入社。とても小さな会社でしたが憧れの外資系でしたし仕事はほとんど英語。そのような環境で仕事をしていました。入社時には、正直、なんていい会社なんだろうと思い半年ほど過ごしましたがなんとなく、会社の方針の違いに違和感が出てきて、いろいろとこうしたほうがいいのでは等、提案をしても大体が予算がないので却下が続きなんだかなぁと思うようになりました。

外資系がゆえに、日本の会社のようにシステムがしっかりしておらずいろんな管理がエクセルシートのみだったりまたは、手書きでの管理オンリーだったり、基盤がしっかりとしていなかったのでファイルがぐちゃぐちゃ、同じようなファイルが10個も20個もあるようなパソコンの整理から始まり、そしてアナログな制度にまずは体がついていきませんでした。

そこで、私は自分自身でエクセルの管理表を改良したりして試みましたが常に人不足の中、そして残業はしてはダメという会社でしたのでなかなか、独自のファイルも作ることが出来ず、ぐちゃぐちゃのファイルが溜まり、時が進んでいきました。

そんな時、新しい社員が入ってきまして私自身、繰り上げでマネージャーへと昇格になりました。
そして、新しい事業が入り、また人不足。マネージャーなので新事業も同時進行をし、そこからが地獄でした。

社長や回りの上司からは、「ゆかさんなら○○できるよ、簡単なことだよ。」と、暴力的な言葉は一切使わず、誘導尋問的な形で様々な国家資格を取らせようと、また仕事も「ゆかさんなら○○時間でできることだよ。」と、期待を込めての暗黙のプレッシャーがたくさんのしかかってきました。
そして手足が二つあっても終わらない膨大な量の仕事を任せられ、時間を決められ、終わらないと「どうして終わらなかったの?」との言葉が常に待っておりました。もう、完全にこの時点で社内では仕事ができない人になっていました。
普通の会社でもきっと上記のような形だろうと予測し、私は常に自分を責めて、なぜにできないんだろうと落ち込んだまま仕事をし、だんだんと思考回路がゆるーくなり、不眠症へとかかっていきました。
また、英語を使うお仕事でしたので、社長からは、「ゆかさんなら半年でTOEIC900は簡単にいくよ。」等いわれ続け。
出来ない私は、やはりダメなのか。。。と思うようになり、英語の勉強をしようとするも不眠が続く頭では全く内容も入らず、だんだんと私生活中でも、頭がくらくらしたり、仕事へいっても、パソコンを開くもメール一通を書くのに一時間以上かかってしまったり。
勤務中何でもないのに悲観的になり、情緒不安定になり、涙が止まらず手も震え、駅でもおろおろとしている自分がおかしく、どうにもこうにも心身のコントロールがいかず、不眠症のせいだと思い、精神科を受診したところ「適応障害です、すぐに休職をしてください」と診断書を渡されました。

そして2016年3月に退職届を提出し現在に至ります。

以上が私の適応障害になった仕事でのきっかけというか経緯です。
少し分かりづらい文章もあるかと思いますが、今、書いていても本当に仕事が合わなかった(適応できなかった)んだなぁと思います。





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プロフィール

iyasutekio

Author:iyasutekio
30才、専業主婦という名のニート。
2016年、適応障害と診断を受け退職を致し今は自由気ままに
無職生活を送っております。
せっかくの無職生活、自分の療養もかねて癒しについて書いて
自分自身でも実践していけたらなと思います。

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